6.3. 細胞呼吸 : 食物から好気的にエネルギーを取り出す
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個体レベルでの呼吸を細胞呼吸と混同してはならないが、これら2つの過程は密接な関係にある
細胞呼吸では細胞がその周囲と2種類の気体を交換する必要がある
細胞は酸素を気体のO2の形で取り入れ、二酸化炭素CO2を気体の形で捨てる
呼吸でこれらの気体が血液と外気の間で交換される
細胞呼吸は好気的 aerobicな過程、つまり、酸素を必要とする過程
細胞呼吸とは有機燃料分子から好気的に化学エネルギーを取り出す過程であると定義できる
細胞呼吸の反応の全体式
細胞呼吸の共通の燃料分子は、化学式がC6H12O6である六炭糖(炭素原子6個を持つ糖)のグルコース
$ \mathrm{C_6H_{12}O_6 + 6O_2 \rightarrow 6CO_2 + 6H_2O + ATP}
細胞呼吸の主な機能が細胞の仕事に必要なATPを作ること
その過程でグルコース1分子の消費に対して、38分子のATPが合成される
また、細胞呼吸では水素原子がグルコースから酸素に転移され、水が生成する
この水素の伝達こそが、細胞呼吸でのエネルギーの取り出しに、酸素がなぜそれほど重要なのかを解く鍵になっている
訳注 : 本質的には水素の伝達ではなく、電子の伝達
細胞呼吸における酸素の役割
糖から酸素への水素伝達の経路では電子の伝達も伴っている
糖や他の分子の原子は電子を共有することによってたがいに結合している
細胞呼吸では水素とその共有結合による電子は結合の相手を糖から酸素に換え、産物として水を生じる
酸素還元反応
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酸素還元反応 redox reaction
電子をある物質から別の物質へ伝達する化学反応
酸化 oxidation
酸化還元反応で電子を失うこと
グルコースは細胞呼吸の過程で酸化される=酸素に電子を奪われる
還元 reduction
酸化還元反応で電子を受け取ること
電子を与えることを還元する(英語では減少 reduction)
つまり、負に荷電した電子が原子に与えられて、原子の正味の正電荷を減らす(reduce)
酸素は細胞呼吸の過程で、グルコースが失った電子と水素を受け取って還元される
水素とその共有結合に預かる電子が結合相手をグルコースから酸素に変えるとき、水だけでなくエネルギーもまた解放される
酸素への電子の伝達によってなぜエネルギーが解放されるのか
酸化還元反応において、酸素は電子の「奪い手」である
酸素原子は他の殆どの原子よりも電子を強く引きつける
グルコースから電子が水素を伴って酸素に移るのは、あたかも低いところに落ちていくようである
本当に落ちるわけではないが、両方の場合ともポテンシャルエネルギーが解放される
酸化還元反応の簡単な例として、水素ガス(H2)と酸素ガス(O2)の反応で水が生じる反応
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水素の電子が酸素との新しい結合に向かって「落下」していくときに大量のエネルギーを開放する
この反応は実際、文字通り爆発的であって、細胞にとっては仕事に利用するのは難しいだろう
細胞呼吸はより制御された電子の「落下」である
細胞呼吸では細胞が生産的な利用ができるように、各段階でより少量の化学エネルギーを開放する
電子がエネルギーの階段を下っていく、段々になった小さな滝のようなもの
NADHと電子伝達鎖
電子がグルコースから酸素へとたどる経路
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最初の段階はNAD+(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド) nicotinamide adenine dinucleotide
正に荷電した電子受容体
有機燃料(食物)からNAD+への電子の伝達によって、NAD+は還元されてNADHになる
Hは電子とともに水素が伝達されたことを表す
電子は今、グルコースから酸素への旅の小さな1段を降りた
階段の残りは電子伝達鎖 electron transport chain
電子伝達鎖の各鎖は実際には1つの分子
酸化還元反応の連鎖で、電子伝達鎖の各メンバーは最初に電子を受け取り、次に電子を渡す
それぞれの伝達において、電子は少しずつエネルギーを失っていく
そのエネルギーがATPを合成するために間接的に利用される
伝達鎖の一番底の分子は、電子を酸素に「落とす」
酸素は水素も引きつけて水を生じる
細胞呼吸の過程において、電子伝達全体として達成されるのは、電子がグルコースからNADH、電子伝達鎖、そして酸素へと「下方に」向かっていどうするということ
電子伝達によって化学エネルギーが段階的に放出される過程で、その細胞はほとんどのATPを合成する
それを実際に、すべて可能にするのは「電子の奪い手」である酸素
電子伝達鎖を降りてきた燃料分子に由来する電子を引きつけることによって、酸素は重力が物体を下に引っ張るのと似た働きをする
これが、我々が息をする酸素が細胞で働いている理由であり、そして酸素なしでは数分も生きていけない理由
細胞呼吸の概観
細胞呼吸は代謝経路の1つの例
このことは、細胞呼吸が単一の化学反応ではなく、反応の連鎖であることを意味する
特異的な酵素が代謝経路のそれぞれの反応を触媒する
20以上の反応が細胞呼吸に関わっている
それらは3つの代謝段階に分類することができる
解糖
クエン酸回路
電子伝達
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解糖 glycolysis
グルコース分子は分解されて2個のピルビン酸と呼ばれる化合物になる
解糖の諸酵素は細胞質基質に存在する
クエン酸回路 citric acid cycle
クレブス回路 Krebs cycleとも
グルコースを、細胞呼吸で出る廃棄物の1つであるCO2にまで完全に分解する
クエン酸回路の諸酵素はミトコンドリア内の溶液相(内膜に囲まれたマトリックスのこと)に溶けて存在する
解糖とクエン酸回路から直接に、少量のATPが合成される
解糖とクエン酸回路は燃料分子からNAD+に電子を伝達する酸化還元反応経由で、NADHを生成することによって、間接的にもっと多量のATPを合成する
電子伝達 electron transport
前の2つの段階でNADHを生成することによって食物からとらえた電子は電子伝達鎖を酸素に向かって「下りて」いく
電子伝達鎖を構成するタンパク質と他の分子はミトコンドリア内膜の内部に組み込まれている
NADHから酸素への電子の伝達によって、細胞がATP合成のために利用するエネルギーの大部分が放出される
細胞呼吸の3段階
第1段階 : 解糖
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解糖の過程で、炭素6個のグルコースが半分に分解されて2分子の炭素3個の分子を生じる
最初の分解にはグルコース1分子あたり2分子のATPが必要
炭素3個の分子は、それから高エネルギー電子を電子の運び屋であるNAD+に渡してNADHを生成する
NADHに加えて、解糖では、酸素が燃料分子のリン酸基をADPに移転することによって4分子のATPが直接合成される
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この過程は基質レベルのリン酸化と呼ばれる
したがって、解糖ではグルコース1分子あたり、正味2分子のATPが合成される
この事実は発酵についえの議論の際に重要になる
解糖でグルコースが分割されたあと、最後に残ったのは2分子のピルビン酸
ピルビン酸はグルコースのエネルギーのほとんどをまだ持っている
そのエネルギーは細胞呼吸の第二段階であるクエン酸回路で獲得される
第2段階 : クエン酸回路
ピルビン酸はクエン酸回路が利用できる形に前もって変換されなければならない
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最初にピルビン酸は炭素1個を失って、CO2を生じる
これはここまで見てきた最初の解糖の廃棄物
炭素原子が2個だけ残った燃料分子の残り物は酢酸
燃料分子の酸化によってNADHが生成する
酢酸は補酵素A(CoA)分子に結合してアセチルCoAを生じる
補酵素Aは酢酸をクエン酸回路の最初の反応に付き添っていく
補酵素Aはその後、離されて再利用される
クエン酸回路は酢酸をついにはCO2にまで分解して糖のエネルギーを抜き取って完了する
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酢酸は炭素4個の受容体分子と結合してクエン酸とよばれる炭素6個の産物を生じる
回路に燃料分子として入った酢酸1分子あたり2分子のCO2分子が最終的に廃棄物として出てくる
この過程で、いくらかのエネルギーを使ってATPが直接作られる
基質レベルのリン酸化
しかし、この回路では、もっと多くのエネルギーがNADHと、これに類縁の2番目の電子伝達体であるFADH2の形で捕捉される
この回路に燃料として入ったすべての炭素原子は使いつくされてCO2になったことになる
しかし、解糖はグルコースを2つに分解したので、クエン酸回路は細胞の燃料となるグルコース1分子あたり2回回ることになる
第3段階 : 電子伝達
電子伝達鎖の分子はミトコンドリア内膜に組み込まれている
電子伝達は電子の「落下」によって解放されるエネルギーを利用して、水素イオン(H+)をミトコンドリア内膜の外に汲み出す化学的な機械のように働く
この汲み出しは、膜の一方の側のイオン濃度を反対側よりも高くする
このような濃度勾配はポテンシャルエネルギーを蓄える
電子で立つによって蓄えられたエネルギーは、ダムに高水位に蓄えられた水のようなふるまいをする
水素イオンは水が高いところから低いところへ流れようとするのとちょうど同じように、濃度の低い方へ逆流する
内膜はダムにたとえられ、水素イオンを一時的にせき止める
ダムに蓄えられた水のエネルギーは仕事をするのに利用できる
ミトコンドリアは水門を開いたときのタービンのような働きをするATP合成酵素 ATP synthaseをもっている
ミトコンドリア内膜に組み込まれたタンパク質で構築されており、電子伝達鎖のタンパク質の近傍に存在する
NADHとFADH2にすでに蓄えられたエネルギーがATPを合成するためにどのように使われるか
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NADHとFADH2は電子を電子伝達鎖に渡す
電子伝達鎖はこのエネルギー供給を利用してミトコンドリア内膜の外にH+を汲み出す
酸素は電子を電子伝達鎖の下方に引き下ろす
内膜の一方の側の、濃度が高くなったH+がATP合成酵素を通って一気に逆流して「流れ落ちる」
この動きによってATPG合成酵素のある構成要素がダムのタービンと同様に回転する
この回転が、ATP合成酵素の、ADPにリン酸基を結合させてATPを合成する部位を活性化する
毒物であるシアン化物(いわゆる青酸カリ)は電子伝達鎖のあるタンパク質に結合して致命的な効果をもたらす
シアン化物がそのタンパク質に結合すると、電子の酸素への伝達が阻止される
この阻止は栓を閉じるようなもので、電子は「パイプ」を通って流れていかなくなる
その結果、H+の勾配が形成されなくなり、ATPが合成されなくなり、細胞は仕事を停止し、その生物は死ぬ
シアン化物は、鎮痛薬タイレノールの製品への毒物混入によって起きた1982年のタイレノール殺人事件での、致死性薬物
細胞呼吸の機能の多面性
グルコースの重要性は、グルコースのバランスが崩れる重篤な病気によっっても明白
糖尿病はホルモンのインスリンに関係した欠陥のために、血中のグルコース量を適切に調節できなくなることによって起こる
治療せずに放置すれば、グルコースバランスの崩れは心臓の血管の病気や昏睡状態を引き起こし、死に至ることもある
細胞呼吸の過程で分解する燃料としてのグルコースに集中してきたが、呼吸は他の多くの食物分子をも「燃焼」させる
多彩な代謝の「炉」のようなもの
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細胞呼吸で得られるATPの分子の数
細胞呼吸の代謝気候の分子部品全体がどのように働いているかを見る際に、細胞呼吸を分解して考えると、呼吸機能の全体像を見失いがち
グルコース1分子あたり38分子のATP(実際には少し異なることがある)が合成される
解糖とクエン酸回路は、それぞれATP2分子を直接的に合成する
基質レベルのリン酸化
残りのATPはすべて、食物から酸素への電子の「落下」によって駆動されるATP合成酵素によって作られる
電子はNADHとFADH2によって有機燃料から電子伝達鎖に運ばれる
NADHから電子伝達鎖を「落下」した2個の電子は、それぞれ3分子までのATPを合成させることができる
→6.4. 発酵 : 食物のエネルギーの嫌気的な獲得